On the vagal cardiac nerves, with special reference to the early evolution of the head-trunk interface 

Hiroki Higashiyama*, Tatsuya Hirasawa, Yasuhiro Oisi, Fumiaki Sugahara, Susumu Hyodo, Yoshiakira Kanai, Shigeru Kuratani,
2016. Journal of morphology 277 (9) 1146-1158.

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jmor.20563

頭部と体幹の間の移行的な領域―「頸部」の成立は脊椎動物の進化史の中でも難題の1つとして知られる。
最後尾の鰓弓神経である迷走神経と、心臓や舌下神経との位置関係を比較は、頸部が成立した前後で頭部-体幹境界が大幅にズレたことを示唆している。

頭部-体幹境界の構造は、頸部の獲得前後において位置的にズレたらしい。
頭部-体幹境界の構造は、頸部の獲得前後において位置的にズレたらしい。

我々の身体で第10番目の脳神経として知られる迷走神経は、胚発生において後端の鰓弓神経に該当する。その形態を理解することは、咽頭弓や頭部神経堤細胞領域の後端…つまり我々の頭部を特徴づける細胞領域と体幹の細胞領域とが接する、頭部-体幹境界の進化についての示唆をもたらすはずだ。この研究では円口類のヤツメウナギと、我々と同じ顎口類のゾウギンザメやマウスとの発生を比較し、円口類と顎口類の間で心臓と迷走神経の関係性に位置上のズレがあることを示した。ギンザメやマウスでは心臓がすべて迷走神経に支配されるのだが、ヤツメウナギでは迷走神経が発生を通じて心臓の前端までしか到達しないのだ。他の構造との関係性からも総合すると、顎口類とヤツメウナギとでは頭部-体幹の境界が心臓ひとつ分ズレているらしい。このズレがひょっとしたら「頸部」の進化に深くかかわっているのかもしれない。

脊椎動物には発達した頭部があり、背骨の連続する体幹とは異なる構造を持っています。頭部と体幹の差異は発生においてより明瞭です。咽頭胚期の胚は哺乳類でもサメでもヤツメウナギでも、一見して頭部には鰓の原基である咽頭弓、体幹には背骨や体幹筋に分化する体節を持つことを確認できます。細胞のレベルでは、頭部は頭部神経堤細胞という頭蓋の前半分や脳神経などに分化する細胞集団があり、体幹にある体幹神経堤細胞(脊髄神経などに分化. 背骨や四肢骨格には分化しない.)とはS字状の境界をもってほとんど混ざり合うこと無く存在しています。この頭部と体幹の間葉の境界をここでは頭部-体幹境界(head-trunk interface)と呼んでいます。

図1:頭部-体幹の間葉境界(青色の点線)は末梢神経などの構造にあらわれる。
図1:頭部-体幹の間葉境界(青色の点線)は末梢神経などの構造にあらわれる。

我々は、この頭部-体幹境界の初期進化を知るために、ヤツメウナギ (Lethenteron camtschaticum; syn. L. japonica)、ゾウギンザメ (Callorhinchus milii)、マウス (Mus musculus)の発生過程を比較しました。すると、ギンザメでもマウスでも心臓は咽頭胚期に咽頭弓のすぐ腹側にあり、心臓の前端と後端(総主静脈; common cardinal vein)にそれぞれ迷走神経の枝が侵入することが分かりました。総主静脈の位置はちょうど頭部-体幹境界のラインに一致します。マウスでは心臓の位置が発生後期を通じて後ろに移動し、最終的には胸郭の中へと入ります。

一方、ヤツメウナギでは咽頭胚期を通じて心臓は咽頭弓や頭部-体幹境界よりも後ろに位置しています。心臓後端の総主静脈には迷走神経の侵入できるタイミングがありません。ヤツメウナギの心臓の位置がギンザメやマウスに比べてはるかに体幹に位置しているというのは、体幹の中胚葉からできる腎節の位置とも整合的です。腎節はギンザメやマウスでは必ず心臓よりも後ろにあるのに対し、ヤツメウナギでは心臓の両横にあるのです。

図2:ヤツメウナギ胚での頭部-体幹境界
図2:ヤツメウナギ胚での頭部-体幹境界

以上のような違いは、ヤツメウナギを含む円口類と、ギンザメやマウスを含む有顎脊椎動物との間で、頭部-体幹の間葉境界と周辺の構造の位置関係とがズレていることを示唆します。

ヤツメウナギよりも有顎脊椎動物に近い絶滅動物、ノルセラスピス (Norselaspis sp.; 骨甲類) も心臓の位置が完全に鰓領域の後ろにありヤツメウナギに類似していることから、ヤツメウナギのパターンがわれわれ有顎脊椎動物よりも祖先的だと考察できます。

この研究で示唆された円口類と有顎脊椎動物の間での頭部-体幹境界のズレは、有顎脊椎動物においてこの領域に生じる「頸部」の進化に関わっている可能性があります。四肢動物が水から陸に上がり、後頭部と肩帯が離れて体幹から自由に動かせるようになった過程も一般には頸の進化と呼ぶことがありますが、頸部を特徴づける僧帽筋群 (cucullaris muscle)やそれを支配する副神経などは、顎の獲得と同じくらい古い時代にすでに成立したのだと考えられています(一部の板皮類の化石にその痕跡が残っています)。しかし、どのような形態形成の変化がそれをもたらしたのか、またそもそも僧帽筋のような構造が頭部・体幹のどちらの胚領域に由来するのかも決着はついていません。たとえば本研究で見られるようなズレをうまく実験的に操作できれば、ひょっとしたらヤツメウナギに頸のもとのようなものができるのかもしれません…が、まだまだそれは難しい課題です。


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